たい焼き神田達磨TOPへ たい焼き神田達磨の「お品書き」 たい焼き神田達磨からの「ご案内」 明治からのたい焼き
明治末期の1909年。
この時代、鯛と云えば高級魚の代名詞。縁起ものの魚としても重宝されていた鯛は、
庶民の手に届かぬ代物だったのです。

そこに「たい焼き」が生まれました。
一つ作るのに一本のコテ(鋳物)を使い、あらかじめ熱しておいたコテの片方に
小麦粉、水、重曹からなるタネを流し、自家製の餡をのせる。

そして再度上からタネを流したのち、もう一方のコテで挟み込む。
ガス火で炙ること数分で皮は薄皮のパリパリに、餡子は火傷するほど
アツアツのたい焼きが完成します。

この伝統こそが、明治に始まり大正、昭和、平成の今日に至るまで、
およそ一世紀の歳月を生き抜き、今に受け継がれる伝来の技。

本物の鯛を食べられなかった人々が、心の贅沢品として楽しんだ薄皮のたい焼き。

いつの時代にも、たい焼きのまわりにはあったかい笑顔がありました。

たい焼きの歴史が教えてくれること、その心を大切に。
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